100年以上の歴史を持つ福原の全盛期っていつ?

福原ソープ街というと、西日本有数のソープ街というのはよく知られていますが、毎年のように厳しくなっていく昨今のソープランド事情には逆らえず、全盛期の活気が今も続いているかというと、残念ながらそうではありません。 福原に長く通っている人の中には「昔は良かった」と言う方もいるのですが、では一体いつぐらいの福原が全盛期と言える状況だったのでしょうか? 今回は、長く続く福原の歴史の中で一番活気があったとされる頃の福原について触れてみましょう。

◆ 福原の歴史のおさらい

福原ソープ街は、元々は福原遊郭であったというのは有名な話。 1868年に現在のJR神戸駅付近に開かれた福原遊郭は、1871年に鉄道開発計画の煽りを受けて現在の場所に移動します。 戦後の1958年に売春防止法が制定されて遊郭が無くなった後は赤線地帯となり、現在のソープ街となるのは1960年以降と考えて良いでしょう。 その後は、地元に根付いた風俗街として存在し続け、2021年の現在まで多くの男性を楽しませています。

ちなみに、福原で最も歴史が長いと言われているのが『有明』というソープランドですが、実はこのお店は遊郭時代からその名前を見ることが出来ます。 1936年には既に同じ場所に同名のお店があり、戦後には『サロン有明』となり、1973年頃に再び『有明』と名前を戻し、現在に至ります。 まさに福原の全てを見てきた最も歴史ある老舗と言って良いのではないでしょうか。

◆ 福原の全盛期はいつ?

では、福原ソープ街が最も活気のあったのはいつ頃なのかというと、1985年頃から2010年頃までと考えられます。 この期間は、お店の入れ替えは有りつつも60軒近い数を維持し続けていることから、ソープ街としてはこの期間が全盛期と言えるでしょう。 さらに言えば、ソープランド以外のお店、喫茶店やサウナ、旅館、各種飲食店などなどのお店も多数存在していて、ソープランドを楽しみつつ、遊び終わった後にもグルメを楽しんだりすることも可能でしたし、近くの旅館に宿をとって腰を落ち着けてソープ遊びを楽しむことも出来ました。

現在もソープランドの数自体はそれほど変わらないものの、それ以外のお店が激減していて、駐車場が増えて利便性が高くなってはいるものの、ソープランドで楽しんだ後の食事などの選択肢が少なくなってしまっています。 その代わりと言うものではないですが、現在の方がソープランド自体のコンセプトの多様性などが出てきていてより遊べるようになっていますので、純粋にソープランドだけで見れば今の方が良いと言えるかもしれません。

福原は、100年以上の歴史を持つ吉原に次ぐ歴史を持つソープ街です。 ソープランドを楽しむのも良いですが、各地に残る昔の福原の残り香を探しに行くのも面白い遊び方ではないでしょうか。

PROFILE

おっさん自画像

著者:苗鹿 J太郎
風俗歴はかれこれ数十年になろうかとしているただのハゲたおっさんです。中でもソープが大好きで、主に雄琴・福原界隈、たまに吉原や川崎に遠征しています。かの有名な熊本のブルーシャトーの会員になるのが夢です。

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